癌とCOPD

7年前同時性重複癌を経験し、現在COPDと共に生きている

体重増加と昔の良き時代

2021年7月10日 (土)
2017年の7月から現在まで朝晩の体重を計って記録してグラフ化している。きっかけは、
無呼吸症を治療に大学病院に行き、体重を4㎏程落として様子をみましょうと言われた
ことに始まります。


当時、私の体重は、88㎏でBMIが30近くありました。体重を落とした結果、医者も信じら
れないというほど無呼吸症は改善し、完治しました。
その後もダイエットと運動を続けて75㎏まで減量しました。


体重を落としていくと1秒率/1秒量ともに向上していきました。多分、私の肥満は、典型的なメタボ肥満であるため、横隔膜の上下運動を阻害していたためと思います。


ところが、コロナで外出を控えたことに加えて、スポーツジムや呼吸リハビリに行かなくなり運動量が極端に減ったため5㎏程体重が増加してしまいました。
体重が増えないよう食事の管理と出来る範囲での運動することを実践していくしかりません。


コロナで人との会話や仕事しなくなったせいか記憶力が低下したように感じます。
今日もQRコードという言葉が思い出せませんでした。皆さんもお存じだと思いますが、世界中で広く使われているQRコードは、トヨタ自動車の関連会社のデンソーが1994年に開発
したものです。フラッシュメモリーも日本が開発したものです。


今考えると、1980年代、1990年代の前半は、日本が繁栄し絶頂に達したた良き時代だったでした。その当時は、全く繁栄を感じてはいませんでしたが。



コロナ国内陽性者数, 死亡者数, 検査数

2021年7月4日 (日)
【コロナグラフの目的】
死者数、陽性者数は、検査日と死亡日と報告日がずれることが多く、数日後にまとめ
て報告されています。多くの専門家の発言から日毎よりも週単位で纏めたものを発表
した方が良いという意見が多数を占めています。
しかし、NHKのホームページ、ニュース、ワイドショーなどでも週単位で纏めたグラフ
を見たことがありません。
高齢で呼吸疾患を持つ個人として、そして日本経済を大きく蝕んでいくコロナの蔓延状
態と死者数をより正確に知りたいと思いました。

加えて、検査数の増加推移を知りたくて、週単位で検査数をグラフ化してみました。
週単位の総検査数を7で割って、その週の1日平均検査数のグラフです。
そこで、メディアが発表しないなら自分で調べて週単位のグラフ化をすることにしました。


【グラフについて】
陽性率の計算方法は、1週間に国内の陽性と判明した人数の平均を、1週間に国内の
検査した人数の平均で割ったものです。
陽性率をみることで検査を受けた人の中にどれぐらい陽性者が広がっていたか、すな
わち新型コロナの蔓延状況を限定的ですが、捉えることができます。
検査を行っている人は、感染の可能性がある人や業種を絞っているので、日本国民全
員の陽性率ではありません。
あくまでも参考ですが、興味にある方がおられて見て頂ければ幸いです。
(週の総検査数)    416,705     (週検査数の1日平均検査数)   59,529
(週の総陽性者数)    11,094    (週陽性者数の1日平均)    1,585



会話と外出の大切さ

2021年7月2日(金)
ワクチンを2回接種し終わって3週間目頃に集団会に参加しました。暑さが増し、用事がな
く気管支の具合も良くなかったので買い物と近くの掛かり付けクリニックに行くぐらいで、殆ど外出しない日々が続いていました。


ワクチン接種を2回完了してから3週間経過して、緊急事態宣言も終わり集団会が再び開催
したので、電車に乗って会場に行って他の参加者と意見交換をしました。ベテラン会員が
多いので、初心者の私にはとても勉強になりました。
それと共に電車に乗って会場に行き、妻以外の人達と話すことが、極めて高いストレス解
消になることを思い知らされました。


参加者と意見交換の場は、私が気管支の調子へ向かう感覚を良い意味で奪いました。
人は、暇で用事が無いと、身体の変調や悩みに気持ちが向かいがちになります。
やはり、行動というものが、人間にとって心身を健康を維持するには、欠かせないもので
あることを思い知らされました。


昨日は、久々に胸部圧迫感と気管支に僅かな痰があるようで、呼吸器の調子は良くありま
せんでした。梅雨前線による低気圧が原因かもしれません。


今日は、昨日と同じような天候でしたが、呼吸器の調子は悪くありませんでした。
昨日、呼吸器の調子が悪くなったらスピリーバ、シムビコートからテリルジー100に変更
しなかった方が良かったと思いました。
しかし、調子が改善すると変更したのは、間違いではなかったと思い直すという繰り返し
です。
呼吸器の症状に一喜一憂するのは、良くないのは分かっているのですが止められません。